梅雨も明け、いよいよ本格的な夏!

今年も鈴鹿8耐の季節がやって来た。

鈴鹿8耐は、昔よく行ってたなぁ。  今回はそんな 昔話やで。


その頃はバイクのレースの写真を撮るのが好きで、鈴鹿には良く通っていた。

当時遊びに行っていたバイク屋の大将が、8耐にモリワキから出るとの事で、パドックパスを貰った。

ほんま大将には、良くしてもらった。 


それは、1978年。 38年前の事。  そう伝説の第1回鈴鹿インターナショナル8時間耐久レース。

世界選手権となるのは、翌年の1979年から。  1977年には6耐があった。


土曜日の公式予選からカメラ2台と大量のフイルムを愛車ジムニー(2スト・幌)に積んで

鈴鹿峠を越え向かった。 (新名神なんかあるかいな、1号線!)

'78 8h030

綺麗にカスタムされた、マッハⅢ。 時代を感じる。 駐輪場のバイクを見るのも楽しみのひとつ。


パドックで、どうやったのか覚えてないけど、Pressの腕章を手に入れた。(たぶん大将が貰ってくれた)

すごいね!予選開始前にPressの人は、マイクロバスでコースを回って好きな場所で降ろしてくれる。

なので、僕はヘアピンで降ろしてもらった。  (当時の写真はどこへやら・・・)

まわりはプロのカメラマンばかりで(当たり前やけど)機材が格段に  良い!

僕なんか、壊れかけのPentaxSVとSR。 250㎜のレンズくらい。

ただこのブログの写真は、全てオリジナル。  へたやけど。

'78 8h029

パドックの作業風景にも緊張が伝わってくる。




'78 8h021

この人、知ってる?  そう清原明彦さん。 この時はカワサキKR350で和田正宏さんとのコンビで、

予選5番手。


まだこの時代の8耐は、レギュレーションもおおらかで、

出走マシンは、出たばかりの6気筒CBXなど市販車ベースからTZなどのレーサーまで多彩で、

それぞれに耐久仕様に工夫されたマシンだった。

'78 8h019

これは、ヤマハSRの原型になったとも言われる、SIMA498-ⅠⅩ改。

前年の6耐には、XT500ベースで出場。 その後SRが発売されて、この年の8耐に。

ライダーはあの山田 純さんと石井康夫さんで、予選43台中25番! これはすごい!



'78 8h020

これは耐久世界選手権に参戦しているRSCのRCB997。   この頃はまだRSC、後に現在のHRCになる。

ライダーは、クリスチャン・レオン/ジャン・クロード・シュマラン組。 予選4番手。

リアサスを逆にしてみる? って場面か?  ホイールはコムスターみたいな?  なつかし!

このRCBは前年の世界選手権を全勝している無敵艦隊。  

この鈴鹿8耐も世界選手権ではないものの、当然 勝ちに来ている。 しかも当時RSCの地元やし。


そのワークスとも言えるRCBに挑戦状を叩きつけたのが、今回の主役となったPOP吉村! (POP=おやじ)

これにはPOPのここに至るまでの深~い思いがあって、どうしても今回は勝つ!との決意があったらしい。

この件は、当時僕は知らなかった。  後にNHKプロジェクトXにて放送されて知った。

TVは確かに脚色はされているとはいえ、POPの執念があった事は確かだと思う。

マシンはスズキGS1000。

ライダーは、ウエス・クーリー/マイク・ボールドウィン組。

'78 8h023

この時(予選)は、バラしたクラッチを前にPOPが思案中。

後ろの裸族は、ウエス・クーリー。


'78 8h034


こんな感じで予選が終った。 

僕が宿泊した宿(ホテルじゃない)は、なんと偶然 ヨシムラ御一行様と一緒だった。

予選の夜には、サーキットホテルで試合前日のライダースミーティングがあった。

当然僕も参加した。  だってPressやし。

会場では、海外から参戦のメンバー紹介や、大会ルールの確認、CBIEのステッカーを貼って入賞

すると、賞金が なんて話も。


いよいよ明日が決勝、ビールを飲んでも なかなか寝付けなかったのを覚えている。



今回はえらい古い話題で
すんまへん。
これはどこかで残したかった
僕の青春の想い出。
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